トイレの向こうは・・・

「お祖父さんが消えた!?」
一人の青年が玄関に駆け込んできた。
彼の名前は、小島侑人。
27歳という若さで大手企業の部長の座を手に入れたエリートサラリーマンだ。
「そうなんだ・・・。僕がちゃんと見ていなかったばっかりに・・・。」
侑人の父が言った。
「でも、この前会った時は元気でボケのbの字さえなかった感じだったけどなあ・・・。」
侑人は首を傾げた。
「そうなの。だから余計不安で・・・。それであなたを呼んだの。」
侑人の母が言った。
「警察にはもう言った?」
侑人は母に訊ねた。
「ううん。だって、有名人でしょ。下手に言ったらニュース沙汰になってしまうわ。」
侑人の母は首を振った。
それは当然だ。
何しろ、小島家は大金持ちなのだから・・・・・・。
「まあいいや。ちょっと探してみるよ。」
侑人が言った。
「気を付けるんだぞ。ひょっとしたら事件かもしれないからな。」
侑人の父が言った。
「分かったよ。それでお祖父さんは何処へ行ったんだい?まさか、家の中から突然いなくなったわけじゃないだろ?」
侑人は両親の問いただした。
「もちろんよ。お祖父さんは・・・近くの料亭に行くって言ってたわ。」
侑人の母が言った。

小島侑人の祖父の名前は小島順。
元々は地方の金持ちだったが、その財産を使って政界に進出。
そして、しまいには総理大臣になってしまった。
任期を終えても、地方会社の発展を促したり、ボランティアにお金を寄付したり社会に貢献した。
とにかく小島順はよく働き、よく動き、後には莫大な財産が小島家にやってきた。

侑人は町を歩きだした。
もし、金めあてなら自分も危ないのではと彼は考え、周りに神経を集中させた。
だが、不審なところは見当たらなかった。
建物の陰から見る目は全くない。
明らかに怪しい人もいない。
少なくとも侑人の目からは、平和だった。
「お祖父さんが行く料亭って言うとここだよなあ・・・。」
侑人は料亭の前に着いた。
料亭の店名は『百』である。
よく、著名人が来ることで有名で、ここまで書くと普通の料亭だが特徴的なところがある。
まず一つは、この店では冷凍したものを一切使っていない。
産地直送な上、その日に採れたものをその日のうちに使っているらしい。
そんなので儲けることができるのかは謎だが・・・。
また、看板も特徴的である。
木の板に大きく『百』と書いてあるが、その下に『冷凍食品は一切使用しておりません』と書かれている。
だが、その冷凍食品のルビが『れいとうしょくひん』ではなく、『れっとしょくひん』になってしまっているのである。
何でも、外国の画家に描かせたのだが、ルビの部分を間違われてしまったというのだ。
冗談みたいな話だが、どうも本当らしい。
余談だが、出前もやっている。
電話番号は××-1665963である。
この電話番号に電話しても責任は負いませんので悪しからず。

「いらっしゃい!」
料亭『百』の板前がスッキリした大声で言った。
「では、こちらへ・・・。」
板前は板前のいる真正面の席に侑人を案内した。
「失礼ですが、お名前を書いてもらえませんか?」
侑人は板前にペンと紙を渡された。
「あ・・・はい。」
侑人は自分の名前を書きこんだ。
(小島侑人・・・と。)
名前を書き込み板前に紙とペンを戻した。
「ありがとうございます。」
板前が笑顔で紙を手に取った。
「おや!?お客様、小島順様とは何か御関係でもおありで?」
板前が驚いた感じで侑人に聞いた。
「ああ。小島順の孫です。」
侑人はとりあえずお辞儀した。
「いえいえ。小島順様はうちの常連でしてね。今日は順様は?」
板前もお辞儀し、侑人に訊ねた。
「ええ。それがお祖父さんは消えたんです。」
侑人は言った。
「消えた!?それは、失踪ですか?誘拐ですか?」
板前は驚いて言った。
「どっちともつかないんですよね・・・。僕はお祖父さんを探しにちょっとここまで来たんです。昨日お祖父さんはここに来ましたか?」
侑人は事情を説明し、板前に小島順のことを聞いた。
「昨日ですか?えーと、昨日は・・・・・・・ちょっと待ってくださいね。」
板前は少し考えてから急いで店の裏に行った。
「あ!ありました!」
店の裏から大きな声が聞こえた。
「はい!これが昨日のです!」
板前は小島順と書かれた紙を侑人に見せた。
「うーん。ここには来たのか・・・。」
侑人は悩んだ。
手がかりは料亭『百』に行ったという情報のみだった。
「弱ったなあ・・・。」
侑人は頭を抱えた。
「あ、侑人さん。これ、食べませんか?」
板前は魚の刺身を出してきた。
「え?いいんですか?」
侑人は聞いた。
「ええ。いいですよ。」
板前は笑った。

その後、侑人は出された料理を酒と一緒に食べた。
侑人は時間が過ぎるのを忘れていた。
何故なら、その料理はとてもおいしいからだ。
まさに『冷凍食品は一切使用しておりません』の通りだった。
だが、侑人は一つ気になったことがあった。
『冷凍食品は一切使用しておりません』なのは真なのだが、
一つだけ『冷凍』と小さく書かれたものがあった。
それは『たくおしき』という名前だった。
何でも、折敷に沢庵と魚を乗せた料理で、使う魚が高級すぎるのでこれだけは冷凍の物を使用しているとのことだ。

「うう。飲みすぎた・・・。」
侑人は苦悩の表情で座っていた。
「大丈夫ですか!?」
板前が心配そうに訊ねる。
「あ・・・すみません。トイレに行ってきます。」
侑人は駆け足でトイレに向かった。
トイレは奥、中央、手前の3つでタイプは全て『キンカクシ』であった。
そのうちの奥、手前は使われていたため、侑人は中央のトイレを使った。
「うううううう・・・。」
侑人は料理がおいしすぎたため、身体のバランスのことをすっかり忘れていた。
「ううううううう・・・・・・・・・・ZZZZZZZZZ」
いつの間にか、侑人はトイレで寝てしまった。

いったい、何時間経っただろう。
侑人は未だに寝ていた。
突然、床がパカっと割れた。
侑人はその下に広がる暗闇に落ちていった。
「ZZZZZz・・・・・・・・・・・・・」
侑人は落ちている最中に目が覚めた。
「・・・・・・・・・・・うわあああああああああああああ!」
途中で自分の状況に気がつき、侑人は大声を上げた。
だが、暗闇に吸い込まれるだけであった。
そして、
ポスッ・・・・・・・
クッションに受け止められ、侑人は着地した。
「トイレに落ちたのか?」
侑人は辺りを見渡した。
だが、暗闇が広がっているだけである。
ちょっと進んだところに光の筋が見えた。
頭に疑問が山ほどあるが、とりあえずその光の筋に向かった。
それはドアだった。
侑人はそのドアを開けた。
侑人はドアを開けた先に見えた景色に驚いた。
そこには、一つの街が広がっていた。

侑人はその街を歩いてみた。
何とも妙な場所だった。
家が立ち並び、かと思えば公園があり、パチンコ屋があり、ブランコがあり、ハイウェイがあり、カジノがあった。
とにかく、人が楽しめるものをごちゃ混ぜにした街が広がっていた。
侑人は広場らしきところにやってきた。
そこには老人、老婆が何人もいてみんな思い思いのことをしていた。
ある人は縄跳びをしていた。
ある人たちはトランプゲームをしていた。
ある人は昼寝をしていた。
いったい、ここはどこなのだろうと侑人は思った。
その時、
「侵入者だ!包囲しろ!」
突然、周りをガタイのいい男たちに囲まれた。
侑人は男たちをヤクザだと思ったが、すぐに自衛隊であることに気付いた。
「え!?ええええ!?」
侑人は驚くしかなかった。
老人、老婆も驚いている。
「連行しろ。」
自衛隊員の一人が言った。
しかたなく、自衛隊員に従った。
「自衛隊のみなさん。ちょっと待ってくだされ。」
一人の老人が自衛隊の前に現れた。
その老人の顔が自衛隊員の間から見えた。
「お祖父さん!?」
侑人は目を疑った。
そこには侑人の祖父、小島順が立っていた。

順のおかげで侑人は助けられ、順の家に連れて行かれた。
「どうしたんじゃ?お前みたいな若い奴が何でこんなところに・・・。」
順はお茶を飲み、侑人に訊いた。
「それより、ここはどこです!?教えてください。」
侑人は逆に順に訊いた。
「そうじゃな。ここは一言でいえば、『一生懸命働いた人のためのご褒美』じゃな。」
順は笑って言った。
「『一生懸命働いた人のためのご褒美』?」
侑人は訳が分からないので順に再び訊いた。
「そうじゃ。ここには輝かしい功績を持った、日本中の社長、政治家、有名人が疲れを癒し死を待つ場所じゃ。」
順が笑って言った。
「死を待つんですか?」
侑人が順の笑いとは反対に更に真剣になって訊いた。
「我々は世界で十分以上に働いた。もう思い残すことは何もない。後は死を待つのみだ。そんな人々がここに招かれるのじゃよ。」
順が言った。
侑人は驚いた。
まさか、トイレの向こう側にこんな世界が広がっているとは思っていなかったからだ。
「驚きました。」
侑人が茫然として言った。
「それはそうじゃろう。わしもあの料亭に行くまでは知らなかった。」
順が笑って言った。
「じゃあ、あの料亭『百』が・・・」
「こっちとあっちのゲートじゃな。」
侑人は納得した。
「ところでお前はどうするんじゃ?」
順は笑顔をやめて真剣な表情で侑人に訊いた。
「どうする?」
侑人は質問の意味が分からなかった。
「お前は、まだ若い。そして、これから必ず出世し、大きな仕事を成し遂げるだろう。そんな奴がこんなところに居ていいのかのう・・・。」
順が顎に手を当てた。
ここは『一生懸命働いた人のためのご褒美』。
まだ、一生懸命働いてもいない人がいるべきではない。
侑人の答えは決まった。
「そうですね。帰りましょう・・・・・・・・・・・・。」
と言ったが、彼にはどう帰ればいいのか分からなかった。
「そうかそうか。」
順は笑顔でスプレーを侑人に吹きかけた。
催眠スプレーだった。

侑人は気が付くと、元いたトイレにいた。
「あれ?ここは・・・・・・・?」
侑人は辺りを見渡した。
「小島侑人様ー・・・」
板前の声がした。
「は!?僕はいったい。」
侑人はその声によって完全に覚醒した。
「あなたはこのトイレで何時間も寝ていたんですよ。」
板前がクスッと笑って言った。
「え?」
侑人の頭に疑問が生まれた。
――あれは、夢だったのか?
「まあ、酔ってたみたいですからね・・・。そうです!酔い醒ましに『たくおしき』を作りましょう!」
板前が手を叩いて言った。
「『たくおしき』って、この店で唯一の冷凍食品を使った・・・・・・」
侑人がメニューを思い出した。
「いえ。今回は特別に冷凍食品を一切使わない『たくおしき』を作ります!当店の裏メニュー『たくおしき 冷凍無』です!」
板前は急いで店の裏に行き、材料を取りに行った。
「しかし、本当に夢だったのかな?」
侑人はまだ疑問だった。
その間に板前は『たくおしき 冷凍無』を作った。
「うお!これはおいしい!」
侑人は『たくおしき 冷凍無』を食べた。
それは、まさに天にも昇るほどの美味しさだったらしい。

侑人は家に帰った。
「侑人!どこに言っていたんだ?」
侑人の父がびっくりしていった。
「ああ。ごめん。料亭『百』に行ったら、ついお酒を飲んじゃって・・・」
侑人が言った。
「ハハハハハハハ。お前もまだ子供だな。ところでお祖父さんのことについて何か分かったか?」
侑人の父が訊ねた。
「ああ、そのことなら・・・・・・・・・・」
侑人は今までのことを話そうとした。
「あれ・・・・・・・・・・」
だが、彼の頭には何も出てこなかった。
料亭『百』の中央のトイレの秘密のこと・・・
『一生懸命働いた人のためのご褒美』に行ったこと・・・
何もかもを忘れていた。
「あれ・・・・・・何も思い出せない。」
侑人は頭を抱えた。
「お前、いったい料亭『百』で何を食べたんだ?」
侑人の父は再び侑人に訊ねた。
「えーと、裏メニューの『たくおしき 冷凍無』を食べたけど・・・」
侑人が思い出せることはこれが精一杯だった。

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