かんぽっくり星人

「ああ・・・今日も疲れた・・・。」
と、リビングの真ん中で一人の男が伸びながら言った。
彼の名前は、工藤真治(くどうしんじ)。30歳のサラリーマンで一軒家持ち。
給料を稼ぐために残業をし、家に帰ってきたのは深夜11時。
妻は給料が少ないと言い、家のローンは後20年で、彼の安息の時間はほぼ皆無に等しかった。
「ニュースでも見るか・・・」
真治はテレビを付けて横に寝転がった
「本日午前11時、熊本県にあるホテルで火災が発生、焼け跡から一人の遺体が発見されました。警察では遺体の身元特定を急いでいます。」
「昨日午前3時、岩手県で包丁で心臓を刺された男の遺体が発見されました。遺体の男は近くに住む亜原瞬(あばらしゅん)さん。警察では自殺と他殺の両面から調べています。」
「アメリカ軍基地の移設をめぐって・・・・・・・・」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!
「ええい!うるさいなぁ!!」
真治はニュースの音を消されたことに腹を立てて言った。
このガチャガチャガチャという音の正体は、空き缶の音である。
実は、真治の家の両隣の家と向かい側の家はゴミ収集車が来るまで缶ごみを外に保存している。
そのため、風が吹くとあのような音を立てるのである。
「今度、大きな音を立てたら注意しよう。」
そして、再びテレビを見始めた。
すると今度は、
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
と、いう缶ぽっくりをする音がした。
「また、あいつか?」
真治は音の正体はともかく、発生源は誰かを予想した。
向かい側の家にはもうすぐ小学生になる子供がいる。
その子供は親が許しているのだろうか、夜もたまに遊んでいることがあるのだ。
いつもなら、彼は特に気にせずにいるのだが、先ほど注意しようと心に決めていたので注意しに行くことにした。

真治はサンダルを履き、外に出た。
そして、向かい側の家に向かった。
真治が家の敷地を出て道路に差し掛かった時、見慣れない人を見つけた。
その人は頭巾を被っており、服は上下共にぶかぶかだった。
腕は左右に少し広げて歩みもぎこちなかった。
(うわ・・・怪しい人だな。関わらないようにしよう・・・。)
真治はそう思って向かい側の家に向かおうとした。
だが、彼は向かい側の家に向かう理由が無くなった。
その理由は見慣れない人の歩みと共にこんな音が聞こえたからである。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
この缶ぽっくりの音はこの見慣れない人が発生源だったのである。
(しかたがないな・・・この音を出さないように注意するか・・・。)
真治は意を決して見慣れない人に近づいた。
「あの・・・すみません。その音を出さないでもらえますか?」
そして、見慣れない人に向かって言う。
見慣れない人は無言で振り向いた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」
真治は見慣れない人の顔を見た途端、大声を出して逃げて行った。
その見慣れない人の顔は・・・目は真ん丸で白目はなかった。
口は耳まで裂けていて、鼻は盛り上がりがなく、穴しかなかった。
そして、何よりその顔色はグレーの勝った水色だった。
「ケッケッケッケッケッケッケッ・・・・・・・。」
不気味な笑い声を残してその人は何処かに去って行った。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・

「うわあああああ!!」
真治はベッドから目を覚ました。
時計は午前8時を指していて、目覚ましのアラームを鳴らしていた。
「あなたー、ごはんできてるわよー。」
真治の妻の声が台所から聞こえた。
「ああ。今行く。」
真治は返事をし、台所に向かった。
(あれは夢だったのかな?)
真治は、缶ぽっくりの音を出す不気味な人のことを思い出した。
(まあいいや。朝ごはんを食べよう・・・)
真治は、台所に着いたので考えを切り替えた。
朝食は御飯、漬物、味噌汁と定番の和風メニューだった。
「いただきます・・・。」
小声で言って、ごはんを口に含みだした。
その時、
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
昨日の不気味な人が歩く時に出していた缶ぽっくりの音が聞こえた。
「!!??」
真治は口に含んだごはんを飲み込み、辺りを見渡した。
そして、ドアから昨日の夜に会った、不気味な人が現れた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
真治は叫び、部屋の隅に逃げて行った。
身体は震え、全身から汗がにじみ出てきた。
「こ・・・・・こ・・・・・・来ないでくれ!」
震える声で真治は不気味な人に言った。
すると、不気味な人が言った。
「何を言っているの?あなた?」
真治が目をこすると、目の前にいるのはあの不気味な人ではなく、真治の妻だった。
「い・・・・・・いや、なんでもない。」
「何かあるでしょ。話してみなさい。」
妻の押しに敗れて、真治は昨日の夜のことをしゃべった。
「それ本当?缶ぽっくりの音を出す人間なんて聞いたことないわ。」
「いや、あれは人じゃない。顔が完全に違った・・・。」
「人じゃない?じゃあ、誰なの?」
「缶ぽっくりの音を出すから・・・・・・・『缶ぽっくり星人』かな・・・。」
「『缶ぽっくり星人』!?あなたやっぱり疲れているんじゃないの?」
真治は妻の一言で自分が馬鹿なことを考えていると思った。
「そうかもしれないな。」
「まあいいわ。今日は土曜日だしゆっくり休みなさい。」
妻の優しい言葉で真治は安心した。

朝食を食べ終えた真治はやることが何もないので新聞を読むことにした。
新聞には昨日のニュースのことが書かれていたりするだけで、真治が特に読みたいと思う記事はなかった。
彼は喉が渇いたので、水を飲もうと水道に近づいた時、
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
『缶ぽっくり星人』の歩く音がした。
「!!!!」
真治は身構え、辺りを見渡した。
しかし、『缶ぽっくり星人』は姿を見せず、音だけが辺りに木霊す。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
いつまで立っても缶ぽっくりの音しか聞こえない。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
真治は恐怖に身震いしながら、水道から水を出した。
コップに水を入れて一気飲みし、ダッシュでその場を後にした。
もう、缶ぽっくりの音はしていないのに・・・。

その後、真治はテレビを見た。
どの番組を見るかは決めていなかったが、缶ぽっくりの音を聞きたくなかったからである。
「本日は・・・・・・」
ピッ!
「クイズ・・・・・・」
ピッ!
「こんにちは!・・・・・」
ピッ!
真治が気に入る番組はなかった。
「ほんまに・・・・・・」
ピッ!
「どうしてこんな・・・・・・」
ピッ!
「あなたに・・・・・」
ピ・・・ポッ・・・
真治はリモコンから妙な音が出た気がした。
しかし、気のせいだろうと思い、リモコンのボタンを再び押した。
カポッ・・・
今度は確かにリモコンから缶ぽっくりの音がした。
「!!!!」
真治はリモコンから手を放した。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
何処からともなく缶ぽっくりの音が彼に聞こえるようになる。
「監視されてる!!」
真治は絶叫した。
何かをしようとすると、『缶ぽっくり星人』がわざと音を立てて恐怖させると真治は思ったのだ。
「うわああああああああああああ!!」
真治は暴れまわった。
壁を殴る、机を蹴り飛ばす、手近な物を投げる、扉をたたく・・・・・・・。
しかし、それをやればやるほど缶ぽっくりの音がするのである。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
遂にはガラスを割って外に飛び出した。
だが、その音さえ、
カポッ・・・・・・・・・・・
と、響くだけなのである。
「『缶ぽっくり星人』が!俺を追い詰めている!殺される!」
外に出ても暴れまわった。
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
彼が、暴れれば暴れるだけ缶ぽっくりの音は響く。
一羽のハトが暴れている彼の近くの木にとまった。
そして、ハトはこのように鳴いた。
「カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・」
「う・・・・・・・うぅぅぅ・・・・・・・・・」
真治はハトが缶ぽっくりの音を出したことに仰天し、失神した。
「あなた!あなた!」
すぐに妻が気づき、119番を押した。

真治は救急車で近くの病院に搬送された。
「あなた!あなた!」
真治の妻は真治の頬を叩いた。
「ううぅぅぅ・・・・・」
真治は目を覚ました。
「気が付きましたか?」
看護師が真治を見ながら言った。
すると、突然
「ああああああああああ!!」
真治は絶叫し、暴れだした。
「あなた、落ち着いて!」
「工藤さん!落ち着いてください!」
真治の妻と看護師は真治を抑えようとするが、
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!俺を・・・・・・俺をどうする気だ!!」
真治は意味不明なことをわめいて暴れた。
「やめろぉぉぉ!!缶ぽっくり・・・・・やめてくれ!!!!!」
真治の目は虚ろで頭が正常に機能していないようだった。
「あなた!私よ!」
真治の妻は真治に歩み寄った
「缶ぽっくり・・・・・・来ないでくれ・・・・・・。うわああああああああああああああああああ!!!!」
真治の顔は突如、恐怖によって真っ青になった。
そして、彼は・・・・・・・・・
自分の舌を噛み切った。
実はこの時、真治には真治の妻や看護師が『缶ぽっくり星人』に見え、彼女らが喋っていることが全て
「カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・」
と、聞こえていたのである。

「奥さん。工藤真治さんに何か変わったことはありませんでしたか?」
精神科医は真治の妻に質問した。
「ええ。昨日の夜、『缶ぽっくり星人』を見たと言っていました。」
真治の妻は答えた。
「『缶ぽっくり星人』?」
精神科医が聞いた。
「そうです。歩くと缶ぽっくりの音を出すから『缶ぽっくり星人』と言っていました。」
真治の妻が再び答えた。
「なるほど・・・・・・・・」
精神科医が顎に手を添えた。
「おそらく、工藤真治さんは周りの状況から考えて過度のストレスがあったと思われます。」
精神科医が説明を始めた。
「特に周りの家が外に置いている空き缶の音が最も彼にストレスを与えていたのでしょう。そして、彼は精神病にかかっていたと思われます。」
「そうですか・・・・・・。」
「精神病にかかった脳は幻覚を生み出しそれが『缶ぽっくり星人』として彼に認識されたと私は思います。」
精神科医は淡々と言った。
「う・・・・う・・・・・・」
真治の妻は泣きだした。
「・・・・・・・奥さん。後で書類を渡しておきますね・・・・・・」
精神科医は優しく言った。

「う・・・・・・う・・・・・・・・」
真治の妻は待合室でも泣いていた。
テレビがニュースを流し始めた。
「一昨日午前3時、遺体で発見された亜原瞬さんが、死の直前『缶ぽっくりの怪人が近くにいる!!助けてくれ!!』と叫んでいたことが分かりました。警察では・・・」
泣いている真治の妻にこのニュースは聞こえなかった。

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